自由か不自由か
2007/02/12 (Mon)
YouTubeで宮台真司 「束縛がない、何の不自由もないから、自由だと思ったら大間違い」っていう動画を見た。要約すると、ファミレスやスタバは椅子の硬さ、照明の明るさ、BGMの音量、冷暖房の設定温度などを意図的にコントロールすることによって、客の回転率などをコントロールしている。お店側は私たちに早く店から出て行けとは言わない。でも、私たちはお店の設計者の思い通りに動いている。なんでも自分で選択しているから自分は自由というわけではない、という見方もあるよ、みたいな話。
後半の部分が何を言っているのか意味が分からなかったので、宮台真司のこの動画で言ってる主張とはあんまり関係ないかもしれないけど(というか、宮台真司はどうでもいいんだけど)、ファミレスやスタバが消費者の行動をどのようにコントロールしているかみたいなことを知ることは、企業の裏側を見ているかのようでおもしろい。それを知った上でファミレスやスタバをもう一度見てみると、また違った角度から見えるはず。
このような消費者をコントロールしようとする一種のマーケティング的な試みは、当然ファミレスやスタバに限った話ではなく、あらゆる業態でやっている。そして消費者の行動や心理を研究して商売に活かす分野は日々研究が進んでいることは確かなんだろうけど、別に最近に始まったというわけでもないと思う。
私がファミレスやスタバ以外で有名な例としてすぐに思いつくのがコンビニ。何歳のときだったか覚えていないけど、子供の頃に、コンビニの雑誌が置いてある場所が必ず道路から一番見やすい手前にある事実とその理由を授業かなんかで聞いたとき、ちょっと感動したのを覚えている。コンビニで雑誌コーナーが店内の一番前にある理由は、雑誌を立ち読みする客を利用して、店の前を通っている人々に対して店内に人がいっぱいいるように見せて、誰でも気軽に店内に入りやすい雰囲気を作り出すこと。
私はコンビニについて詳しいわけではないけど、これ(雑誌が店の手前にある理由)は有名だから誰でも知っているし、別に今聞いても全然すごいとも思わない。だけどコンビニは室内温度や照明の明るさ、商品の並べ方、その他のあらゆることまで計画して設計している。たとえば、コンビニの主力商品は食品類(弁当やパン)、飲み物類、雑誌類と言われている。それら三大主力商品類は大抵のコンビニの場合は、四つの壁のいずれかに位置しているはず。コンビニの店内を四角形だと仮定して、まず道路に面している側が雑誌類、雑誌類の壁と接している両隣の壁がレジと飲み物類、雑誌類の壁と平行の関係にある壁(店内の一番奥の壁)が食品類になっていると思う。これは客に店内を一周させて、できるだけ様々な商品を見てもらい買ってもらう機会を増やすためだといわれている。
つまり、私たちはコンビニの店内を歩くとき、店員にこれを買え、あれを買えとも言われないし、こういう道順で店内を歩けとも言われない。だから自分の意思でコンビニの中を自由に歩き回り、自分の意思で自由に買いたい商品を選んで買っていると思っているかもしれない。しかし、実はそれは「設計者」の思い通りにコントロールされて商品を買わされているだけなのかもしれないということ。こんなことを考えながらコンビニで買い物をするのも面白いんじゃないかなと思った。
少し話題は変わるけれど、こういう消費者をコントロールする「設計者」とは一体誰なのか、について考える。私がここでいう「設計者」は、商品の配置マニュアルを決めたコンビニ会社の社員ではない。かといって、店員でも店長でもないし、もちろんコンビニの建物を設計した人という意味でもない。いや、もちろん商品の配置を決定したのはコンビニ会社の社員なんだけど、コンビニ会社に「その場所にその商品を配置しろ」と命令したのは人々の欲望を数値化したデータだろうと思う。だから「設計者」とは一体誰なのかと強いて言うならば、たぶん「市場の神の手」ってことになるんじゃないかと思う。
それで私が最近思うのは、欲望を監視される社会だとか、Googleは一体私たちの何を知ろうとしているのかみたいな話の記事を読んでて、さっぱり意味が分かんないなぁと思ってたんだけど、私はコンビニもGoogleも、ただ単に人々の欲望を知ろうとしているだけで、それ以上でもそれ以下でもないんじゃないのと思う。Googleもファミレスやスタバやコンビニがやってることと同じ。人々の欲望を数値化し、それを商売に反映させるだけ。Googleは神というのであれば、ファミレスも神、スターバックスもコンビニも神だろう。
後半の部分が何を言っているのか意味が分からなかったので、宮台真司のこの動画で言ってる主張とはあんまり関係ないかもしれないけど(というか、宮台真司はどうでもいいんだけど)、ファミレスやスタバが消費者の行動をどのようにコントロールしているかみたいなことを知ることは、企業の裏側を見ているかのようでおもしろい。それを知った上でファミレスやスタバをもう一度見てみると、また違った角度から見えるはず。
このような消費者をコントロールしようとする一種のマーケティング的な試みは、当然ファミレスやスタバに限った話ではなく、あらゆる業態でやっている。そして消費者の行動や心理を研究して商売に活かす分野は日々研究が進んでいることは確かなんだろうけど、別に最近に始まったというわけでもないと思う。
私がファミレスやスタバ以外で有名な例としてすぐに思いつくのがコンビニ。何歳のときだったか覚えていないけど、子供の頃に、コンビニの雑誌が置いてある場所が必ず道路から一番見やすい手前にある事実とその理由を授業かなんかで聞いたとき、ちょっと感動したのを覚えている。コンビニで雑誌コーナーが店内の一番前にある理由は、雑誌を立ち読みする客を利用して、店の前を通っている人々に対して店内に人がいっぱいいるように見せて、誰でも気軽に店内に入りやすい雰囲気を作り出すこと。
私はコンビニについて詳しいわけではないけど、これ(雑誌が店の手前にある理由)は有名だから誰でも知っているし、別に今聞いても全然すごいとも思わない。だけどコンビニは室内温度や照明の明るさ、商品の並べ方、その他のあらゆることまで計画して設計している。たとえば、コンビニの主力商品は食品類(弁当やパン)、飲み物類、雑誌類と言われている。それら三大主力商品類は大抵のコンビニの場合は、四つの壁のいずれかに位置しているはず。コンビニの店内を四角形だと仮定して、まず道路に面している側が雑誌類、雑誌類の壁と接している両隣の壁がレジと飲み物類、雑誌類の壁と平行の関係にある壁(店内の一番奥の壁)が食品類になっていると思う。これは客に店内を一周させて、できるだけ様々な商品を見てもらい買ってもらう機会を増やすためだといわれている。
つまり、私たちはコンビニの店内を歩くとき、店員にこれを買え、あれを買えとも言われないし、こういう道順で店内を歩けとも言われない。だから自分の意思でコンビニの中を自由に歩き回り、自分の意思で自由に買いたい商品を選んで買っていると思っているかもしれない。しかし、実はそれは「設計者」の思い通りにコントロールされて商品を買わされているだけなのかもしれないということ。こんなことを考えながらコンビニで買い物をするのも面白いんじゃないかなと思った。
少し話題は変わるけれど、こういう消費者をコントロールする「設計者」とは一体誰なのか、について考える。私がここでいう「設計者」は、商品の配置マニュアルを決めたコンビニ会社の社員ではない。かといって、店員でも店長でもないし、もちろんコンビニの建物を設計した人という意味でもない。いや、もちろん商品の配置を決定したのはコンビニ会社の社員なんだけど、コンビニ会社に「その場所にその商品を配置しろ」と命令したのは人々の欲望を数値化したデータだろうと思う。だから「設計者」とは一体誰なのかと強いて言うならば、たぶん「市場の神の手」ってことになるんじゃないかと思う。
それで私が最近思うのは、欲望を監視される社会だとか、Googleは一体私たちの何を知ろうとしているのかみたいな話の記事を読んでて、さっぱり意味が分かんないなぁと思ってたんだけど、私はコンビニもGoogleも、ただ単に人々の欲望を知ろうとしているだけで、それ以上でもそれ以下でもないんじゃないのと思う。Googleもファミレスやスタバやコンビニがやってることと同じ。人々の欲望を数値化し、それを商売に反映させるだけ。Googleは神というのであれば、ファミレスも神、スターバックスもコンビニも神だろう。
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